執筆講演

執筆講演 - 建築コラム

ワールド・トレード・センター・ビル(ニューヨーク)崩落に思う

世界貿易センタービル全景
崩落前の美しい世界貿易センタービル

■ 今から27年前、完成したばかりのツインタワーを訪ねた私は設計者の日系人建築家ミノルヤマサキのこの建築に驚かされた。現代建築の特徴、「鉄とガラスの塊」だと思っていたのだが、実際見るとなかなか美しいではないか。圧倒されるというよりは繊細で親しみすら感じた。しかしすごいスケールだ。

建築家ミノルヤマサキは1912年シアトル生まれ。父親は富山県からの移民で、靴工場の工員だった。彼は高校生の時に、建築を学んでいた叔父(カリフォルニア大学)の影響もあり将来建築家になろうと心に決めていたそうだ。私と似ていたので、特に親しみを覚えている。

苦学の末、ワシントン大学を首席で卒業した(これは私とは異なる)が、人種差別と不景気で建築に携わる事もなく、瀬戸物の包装などをして過ごす。以後、建築事務所を転々とし実績を積む。真珠湾攻撃の二日前に、日系二世のピアニストと結婚、開戦によっての暮らしは苦しかったようだ。しかし才能に恵まれた彼は終戦時の1945年にはデトロイトの大事務所で設計部長として腕を振るうことになる。


世界貿易センターを見上げる
世界貿易センターを見上げる

■ 1949年に独立、セントルイスのランバート空港の設計をはじめ多くの学校建築などを手がける。1957年神戸のアメリカ総領事館の設計もする。特筆すべき設計ではないが、このとき来日して出合った日本の古建築、建築と庭園との融和などに驚いたようだ。

今まで自分がしてきたことに対する反省に立ち、現代建築に欠けているものを見つけたと言っている。この旅行で日本を勉強し、その足でインドのタージマハル、ベニスのデリケートなファサードなどにも触れ感銘を受けている。その後、数々の名建築を設計し1962年シアトルで開かれた博覧会の池の上に浮かんだようにそそり立つ展示館の設計はワールド・トレード・センターに見られる試み、手法がすでにあらわれている。

シアトルのIBMビルではそれまでの高層ビルの構造方式を覆し、中央のコア方式(現在の高層ビルに多く採用されている)を開発した。


世界貿易センタービル断面図
世界貿易センタービルの平面図

■ ワールド・トレード・センター・ビルのタワー棟の設計では途中階にスカイロビーと称するエレベーター乗り換え駅を設けてエレベーターシャフトの数を減らし、有効貸室面積を増やしたり、新しい構造方式により強大な垂直荷重と風圧による水平荷重に効率よく対応するようにし、鋼材の40%節減に成功している。延べ貸室面積30万坪、毎日5万人が働き、8万人が訪れるという想像を絶する建物の完成に至ったのだ。1974年のこと。その後、東京の都ホテルの基本設計も行なったが、地震国日本では柱が太くなり彼の特徴である繊細さを表現できなかった。


世界貿易センタービルにボーイング767衝突の状況
航空機の衝突の状況

■ 今回の崩壊は何故起きたのか? 私は構造の専門家ではないが、友人の構造設計者などの話をもとに検証する。

2棟のビルは110階建、高さは417m、鉄骨構造の建物だ。鉄は引っ張りには強いが圧縮には弱く曲がりやすい。コンクリートに比べ熱に弱いのもその特徴だ。余談だが鉄骨は精度のよい日本製とのこと。80階付近に突っ込んだ旅客機の燃料により、一瞬にして高温の火災が発生、衝突によりセンターコア部分、柱、梁、床などの構造が一気に破壊されたと思われる。

一般の火事とは異なり高温の火災で鉄骨は溶けてもろくなった。700〜800度以上になると溶けはじめる。鉄骨には耐火被覆がほどこされているが多量のジェット燃料によりひとたまりもなかったろう。設計時点でも航空機の衝突に耐えられる設計はされていた。しかし当然のことながら近くの空港に着陸間際の低速かつ燃料も少なくなっている飛行機事故を想定してのこと。高速かつ燃料満載でのテロなどは想定していなかった。しかもジャンボ機でなく中型機であったためビル内に留まり被害をさらに大きくしたのだ。


2002/9/12日の衛星写真
2001/9/12 のマンハッタン上空からの衛星写真

■ 450度で鉄骨の耐力は2/3程度に落ち、スプリンクラーの水により冷やされた鉄骨はさらにもろくなり1/3程度になったのではないか。上層階は霞ヶ関ビル1棟程度の高さがあり、その荷重を受け、耐えられなくなって中央のコア部分の破壊があっという間にすすみ、外周りの柱梁が中央部分に引きずられるように壊れ、それが下階までつづいた。そして一瞬にして亡くなったのだ!数千人いや一万人以上とも言われる人とともに。以前の阪神淡路大震災の大惨事をも思い起こされるが、こちらは、憎むべきテロだ。


■ それにしても思うのだが、世の中、人間的スケールをあまりにも逸脱した大きなものがなんと多いことか。人間らしさの感じられないもの、権力の象徴とも言うべき巨大なもの。超高層の建築群もまさにそのひとつかも。私は微力ながら、自然・環境と調和したあたたかさの感じられる「空間」「建築」「まち」の実現をめざして頑張っている。

防災の日の新宿でのビル惨事(この場合には一酸化炭素中毒で瞬時の出来事でどうにもならなかったが)などもそうだが、このような場面に遭遇した時、どのような行動が取れるか?非常時の行動パターンは常日頃から訓練をしておくべきだ。幸いに生き残った場合には、その場所から一刻も早く離れる。「自分の身は自分で守る」これが基本だ。

今日も数人の人が救助されているが、さらなる多くの人が救い出されるのを祈るのみだ。

(注) 上記写真・図面・図版類は他のウェブサイトから転載させていただきました

・関連ページ|建築コラム 新宿ビル火災大惨事に思う