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日経:防災の日−特集企画2000

2000/09/01
日経産業新聞 防災の日特集記事
一級建築士事務所 空間建築研究所 代表・一級建築士 市村克明  
生かそう阪神・淡路大震災の教訓
日ごろの備えが必要 取り組み進む耐震対策

今日九月一日は防災の日。最近の伊豆諸島地震では、改めて防災対策の重要性と日ごろからの備えが必要であることを思い起こさせる。阪神・淡路大震災から五年半が過ぎ、六千四百人を超す犠牲者を出した教訓を生かし、災害対策を怠ることなく建築物の耐震対策をはじめ、安全な地域・都市造りに取り組むことが求められる。

被害最小限へ様々な対策を

地震対策では、建築物における耐震、免震構造あるいはその内部における設備機器の耐震、免震対策(三次元免震)の徹底が課題である。

地震だけでなく風雨の対策も留意しなければならない。近年、大都市ではしばしば集中豪雨に見舞われ、ビル内部、地下街、地下室などの浸水対策も必要となる。地震、台風、落雷、洪水等のあらゆる災害に対して強いまちづくりをめざす総合計画から、個別の住宅やビルの建築計画にいたるまで、ライフラインを確保するためのあらゆる対策を盛り込む必要がある。

防災に対する行政の取り組みは規制緩和、国際調和、建築物の安全性の一層の確保及び土地の合理的かつ安全利用の推進などの要請への対応が急務であった。

新たな建築規制制度を構築するために、建設省は九八年に建築基準法の大改正を行った。技術的細目を定める告示とともに今年六月に新しい基準法が施行され、この中で建築物の安全性確保の部分は、阪神・淡路大震災後の研究の成果として盛り込まれた。

今までの法律では、国が認めた仕様によってしか建物が造れなかった。今回の改正は安全の性能を検証できれば、多様な仕様の選択によって建設出来るように、性能規定に改めた点に特徴がある。内外の民間の知恵を取り入れ、競争を促し、また将来的には中古建物の品質をも確保し、流通を促す狙いもある。

耐震構造 建築基準法守って安心

今年度に「住宅の品質確保の促進等に関する法律(住宅品確法)」が制定されたことも大きな影響を与える。

これまで住宅の安全性を始めとする性能や保証について共通のルールが無く、住宅の生産からアフターサービスまで一貫して品質が確保される仕組みが求められていたが、住宅品確法により住宅性能表示制度、瑕疵担保責任、住宅の紛争に係わる紛争処理体制が制度化されるに至った。

特に住宅の構造に関して瑕疵保証が義務付けられ、建物単体としての耐久性や耐震性は向上が期待できる環境が整いつつある。

また、住宅品確法は木造、鉄骨造、コンクリートブロック造建物については、阪神・淡路大震災において明らかになった建物の弱点、つまり、基礎、土台廻り、柱・梁など部材の継ぎ手、緊結の方法、耐力壁の配置方法などについて構造方法の明確化を行っている。

住宅品確法は戸建住宅だけでなく、マンション等の住宅にも適用される。主要な構造部分(屋根、壁、床、基礎)と、雨漏りの瑕疵については、十年間無料で保証しなければならなくなった点が大きい。今まで、手抜き工事や無届け建築などの粗悪な住宅を買わされ、泣き寝入りをしていたユーザーは助かるだろう。

施工者側にとっても、一〇〇〇分の一、つまり一メートルにつき六ミリメートルの傾きが、十年間に渡って許されないことは、施工上の手抜きはもちろん、技術的な停滞も許されないことになる。

阪神・淡路大震災でも、建築基準法を守って建てられた建物はおおむね倒壊していないとみられ、今後この法律は、耐震上有効なものとなるだろう。

住宅品確法の中で七月から施行の部分があり、そこでは住宅の構造耐力、防火安全性、高齢者配慮、省エネ、室内空気などについて性能のランクを表示し、契約書に添付出来ることとした。住宅の品質はこれだけで計れるものではないが、少なくとも、構造耐力は建築基準法の一・五倍あるとか、一・二五倍の耐力がある住宅であるという表示ができることとなり、プレハブメーカーを先頭に、性能の表示競争が始まることが予想される。粗悪な建物や業者は淘汰されて行くことにもつながり、防災上の安全は一定程度確保されるだろう。

建設省は、将来的に中古住宅の品質を表示し、流通させることも狙っている。ヨーロッパでは築百年程度の住宅でも売買されると言われており、特に耐震補強等安全を確保した優良住宅のストックを増やすきっかけになるかも知れない。

免震構造 簡易型装置も有効

耐震対策が構造を堅牢にして倒壊、ダメージを防ぐのに対し、免震構造は、地震動による建物の構造揺れをできるだけ小さくコントロールする装置を施した構造物である。

従来、建物は倒壊しなければ安全であるとされていた。しかし、家具等の転倒によっても多くの人命が失われ、室内の機能が失われたことによって、安全性に対するいっそうの充実が必要となった。

阪神・淡路大震災において、神戸市に建てられた免震構造の建物が無損傷であったことから、震災後、急速に増加し年々増え続けている。免震構造はいまや一般化の時代へ向かっていると言える。

その仕組みは、建物本体と基礎の間に免震装置を設置して、本体の揺れを吸収する工法である。これは免震層と呼ばれ、クッションの役目をするゴムと鉄板を多層に重ねた支持装置をはさむものである。

このため上部運動はあまり大きく応答せず、変形や加速度は低くコントロールされる。従来工法に比べて地震時の揺れは三分の一から五分の一となり、建物内部の家具等も転倒しにくくなる。そのため、居住者の振動体感もかなり低いものとなる。設備関係のパイプも変形に追従できるように設計することがポイントだ。

震災後、数多くの病院で多く採用され、コストアップを理由に伸び悩んでいた高層マンションにも、最近多く計画され、販売されている。

歴史的建造物の保存改修にも数多く採用され、上野公園にある西洋美術館をはじめとして全国規模ですすめられている。

建築物が倒壊にまではいたらなくてもオフィス機器やOA機器、医療機器が、地震の揺れによって倒れたり、落下して危険な空間と変わってしまう。データの喪失によって、再構築するには膨大な費用と時間を要する。

コンピューターを設置した建物の免震化は新築時あるいは大規模な改修で行われるが、それと同時にオフィスビル、病院など、既存の建物内における防振、免震工法も普及してきている。

水平方向の揺れだけでなく上下方向のゆれにも対応するため、ビルの一フロアや一部分だけを対象にした三次元免震の導入も増え、さらに小規模な簡易型免震装置も急速に伸びている。情報技術(IT)の進歩につれ、地方都市においてもSOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)が増えており、この分野の市場は有望だろう。

急げ、防火対策 災害に強い地域社会づくりへ
防火・防炎シャッター 変形にも対応可能

今回の建築基準法改正では、@建築確認・検査の民間解放A建築物の構造の安全性の確認B防災安全性の確認C在館者の避難時の安全の検証法――などが主な点で、設計者の判断により数種類の検証法を選択できるようになった。

例えば火災時の避難の安全性確保では、火災を発見するまでの時間、各部屋・各階・建物から全員が避難するまでの時間ごとに、煙や有毒ガスが、避難上支障がある高さまで降下しないことを確認することなどの具体的な検証が出来れば現行の仕様規定にとらわれなくとも良いこととなった。これにより、その場所場所でのより柔軟な防火・防炎・排煙計画が可能である。

高性能で停電時、地震等の揺れ、変形にも対応可のすぐれたシャッターが開発されている。

浸水対策・浄水機器 水対策は最重要

集中豪雨により、福岡や都内でビル内の地下にまで水が入り、エレベーター、設備機器をはじめとして、大きな損失を被ったことは記憶に新しい。復旧後、東京・戸越銀座のあるビルでは前面の壁に、取り外し可能な防潮板を取り付け、その後の何度かの浸水を未然に防げた例がある。

飲料用水槽や浄水機器でも耐震、水密安全性に優れた一体構造型の貯水槽の開発が盛んである。水槽のみならずライフラインとしての水の確保には水道管路の耐震、免震性が要求される。地盤の変化に対応出来るフレキシブルな継手の開発も進んでいる。

ユニークな方法として、東京の下町で市民グループが行政と共に防災まちづくりの一環として、数件の隣家が屋根に降った雨水を樋で一ヶ所に導き、地下のタンクに水を貯め、緊急時の水源となる天水桶「路地尊」をつくっている例もある。

また、野菜を植えられるポケットパークと「路地尊」を一緒にしている例もあり、住宅の周辺環境での防災対策がなされている。数件の共同計画が無理であれば、戸建て住宅単独でも同様の防災対策は可能であり、集合住宅であれば管理組合で計画することは可能である。

近年、数戸の分譲地や、共同建設方式のコーポラティブハウスなどで、共用庭園を整えたり、雨水利用・太陽光発電等の環境共生型の住宅もあり、住宅購入時に防災対策を考慮に入れることも可能になっている。住宅は個人の財産であると同時に、都市の共有財産であるという認識を持つことで、住宅の周辺環境での防災対策ができるであろう。

ライフライン確保に向けてあらゆる対策を
防災無線システム 非常時に威力発揮

電気通信技術の発展や高度情報化に伴い、多種多様な情報通信メディアが登場、普及しているが、無線による情報通信(移動通信)は最も期待されているメディアのひとつである。災害時における通信手段としての移動体通信システムとしても注目されている。携帯電話の普及は、災害時における多くの人々の通信手段として安心感をもたらすであろう。

防災行政無線は非常災害時に、防災、救援、救助、復旧などのための公共機関中心型の無線通信ネットワークである。県防災、市町村防災とに分類され、住民に情報を伝達する同報系、災害現場から情報を機動的に収集する移動系、双方の機能を併せ持つ地域防災無線の三つに分類される。また九一年度から衛星を利用した地域通信ネットワークの構築が進められている。これにより、音声、データ、映像等のきめ細かい伝送サービスが提供されている。ますますの高度化と充実化により、災害時に期待が持てる。

防災の心構え 参加意識を高めよう

災害発生時に対してその被害を最小限にとどめる ためにはハード面だけでなく、日常の備えが重要である。

多くの市町村で、防災設備を用意し、準備しているが、崎市では、避難場所、給水場所、井戸、防災無線場所、医療施設、薬局、コンビニなどが記載された防災マップを作成し、全戸に配布している。

また、町内会、自治会では災害時の対応策として、本部、救護班、救出班、情報班などの担当グループを決め、連携のシステムを準備している。防災無線についても、地区毎に役員宅数軒に設置している。

防災訓練は消防署員の指導の基に、人工呼吸や煙体験、震動体験、台所コンロの消火訓練等も実施しているが、役員、部員が中心で、一般家庭の参加者が少ないことがどこでも悩みの種であるようだ。

仕組みはできても一般の人々がそれを実際に利用できるかどうかが試される。情報の一方通行ではなく、だれでもが自発的に参加するようなコミュニテイを形成し、どこで災害に見舞われても協力して対応出来るよう常日ごろからの参加意識作り・対応が必要だ。

・以上は新聞記事原稿であり版権は日本経済新聞社に帰属する。